最近、ビッグ・ファイブ(Big Five)という性格を理解する枠組みについて勉強しました。人間の性格を表す言葉・概念を整理していくと、どうも5つくらいの軸で性格の特性を表現できるんじゃないかなという心理学の考え方です。かつて社会についての研究者だったので、これを社会を説明するのに利用できるんじゃないかなと思いつきました。ある社会の規範はどんな性格特性を良しとしているかといった視点で社会を見ると面白いんじゃないかと。それで、さっそく社会現象の中でも経済を考える視点に使ってみました。
■低い賃金で頑張って働いてきた
最近、物価が上がった、賃金が上がったという報道が増えていますが、ふと、なぜ今まで物価も賃金も上がらなかったのだろうと考えはじめました。国債を日銀に大量に引き受けてもらって世の中のお金を増やそうとしたり、金利を下げてお金を借りやすくしようとしたりという政策が続いてきたのに。
物価が上がらないのと賃金が上がらないのは、表裏一体だったのだろうとまず考えました。賃金が抑えられていても、みんな真面目に長く働く。それが、安価な商品やサービスを可能にする土台だったんだろうと。この背景には「勤勉性」が高いことを良しとする社会の価値観があったのでしょう。日本の人たちがみんな勤勉な性格をしているわけではないはずですが、それが良いこととされているという共通認識があるからこそ、多くの人がなんとかかんとか頑張ってきたのだと思います。
と考えると、「協調性」の高さも関わっていそうです。ちょっとくらいしんどくても、みんなに合わせて頑張ってしまうということです。日本の人たちがみんな協調性が高いわけはないとこれまでの経験から断言できますが、小学生くらいから協調性を大切にする指導を受け続けます。子どもの小学校の学年目標が「◯年生は一つ」みたいなものだったことがありました。そもそも学年全体で目標を決めるというのが協調性を前提にした行為ですし、そこにさらに一丸となって頑張ろうという明示的なメッセージまで加わっていたわけです。連帯責任的な話もあって、誰かが何か問題行動を起こしていたので、子どもが楽しみにしていた授業の時間が学年全体でそのことについて注意される時間になってしまったとも聞きました。(といっても全体としては、学校の教育は教え方にしろ、教材にしろ自分が子どもだった頃よりすごく進歩していて感心しています。)
日本の労働生産性が低いとはよく言われることですが、長い時間をかけてもあまりいいものを作れないということではなく、作ったものの価格がとても安価に抑えられていたという側面が大きいんじゃないかなぁと思います。
■新しいものをなかなか生み出せない
ただ、同時に、世界でヒットするような新しいものを生み出すことが少なかったという要素も大きかったのでしょう。高価な日本製品が世界でどんどん売れて、事業を拡大していくことになっていれば、人材確保のためにさすがに会社も賃金を上げていたんじゃないかという気がします。(株主優先とか内部留保とかいう話もあるので、断言はできませんが。)新しいものを生み出すには創造性が必要です。ビッグ・ファイブでは新しいものに対する「開放性」というようですが、ここが日本全体としては低調だったのでしょう。
これまた日本の人はみんな開放性が低いわけもありませんから、社会的に開放性を抑制する要因が働いていたのでしょう。でも、さすがに開放性が低いほうがよいという価値観が共有されているような気はしません。もしかしたら、日本が全体的に「神経症傾向」が高い傾向に陥っていたのかもしれません。バブル崩壊をはじめとする過去の不幸な経験から、リスクを過度に避けようとする態度が生まれてきたのかもしれません。私が直接知っているところでは、製薬関係の人たちにはリスク回避がもはや本能のように染み付いているのを感じました。薬による健康被害などの対処に、膨大なコストを払ってきた帰結なのでしょう。私がかつて所属していた組織では、リスクを好まない薬学系出身の上司によって新規プロジェクトが中止されるようなことがありました。リスクを避けたければ、新しいことはしないのがベストです!
しかも、「協調性」を重んじる社会ですから、一人や少人数でこっそり新しいことをゲリラ的にやってしまったら、成功しようが失敗しようが排除されかねません。前述の職場では、単独行動をよくする人たちは、たとえ相手方からの評価が高くても、契約が更新されず転職を余儀なくされていました。
※日銀の国債買入、長期の低金利政策は、とても実験的だったといわれていますね。国レベルでは「神経症傾向」が低く、「開放性」が高い行動を取っていたといえそうなのに、企業レベルでは逆の傾向が強かったのであれば皮肉です。
■社会環境が変わって
でも、とうとう物価も賃金も動きだしました。日本の創造性が高まったとも思えないので、他の環境の変化の結果と考えるのがよさそうです。そもそも、若い人が減ってしまって、低賃金でも働き手が見つかる時代が終わりつつあります。しかも、海外との物価の差が広がりすぎて、輸入に頼る物資のコストを企業努力で吸収しきれなくなったとされています。
これからの時代、いいものを生み出して、いい賃金を提示できる会社でないと、働き手に選ばれにくいという傾向が強まっていくのでしょう。そんなときに、ビッグ・ファイブの軸で考えながら、会社のカラーづくりをするのもいいかもしれません。「勤勉性」や「協調性」は基本的には大切だけれど、自己犠牲や横並びを強要するレベルにならないように気をつけること。ある程度の「神経症傾向」は危機管理には必要かもしれないけれど、創造の芽を摘むレベルにならないように気をつけて、「開放性」を許容すること。
ところで、ビッグ・ファイブの残りの一つの軸は、「外向性」です。外向性が高いとは、活発で人と関わるのを好むことをいいます。(コミュニケーションが上手かどうかではないそうです。)会社全体が「外向性」のポジションを決めるというよりは、従業員の個性を考慮して、その人の性格にあったポジションで活躍してもらうのがいいのかなと思います。