筋道を立てて書く

文化人類学の投稿の3回目です。今回は研究成果を文章で人に伝えることについて書いてみたいと思います。

■作文は苦手でした

私は小学生の頃からずっと作文が苦手でした。小学校の国語で、お話の登場人物の気持ちを答えるような問題やら、読書感想文やらですっかり苦手意識ができあがってしまいました。なにを書けばいいのかわからない…。それでも学部時代まで完全に理系だったのでなんとかなりました。それなのに、自然科学系の調査のお手伝いをしているときに、突然思いついた疑問=自分で研究してみたいことが、文化人類学の範疇に入るものだったので、人文社会系の研究に飛び込んでしまっていたのです。いわゆる文系の論文を書く? 私が?

もちろん理系の研究者だって論文は書きます。でも、それほど文章力が要求されるわけではないように思います。文章がうまいに越したことはないとは思いますが、まっとうな科学者でさえあれば論文が書ける条件が整っているように見えます。まず、テーマを絞ることが当たり前だというのがあります。しかも、論文の構成要素(introduction, materials & methods, results, discussion)がかなり標準化されています。おそらく難しいのは、自分の研究上の仮説に結びつくかたちで、先行研究をまとめる部分だろうと思います。そこは自分で流れを作らなければなりません。でも、そこさえ乗り越えれば、あとは研究成果を地道に記述すれば合格ラインの論文ができあがるのではないでしょうか。

ところが、文化人類学の論文を読み始めた私は困惑しました。自由に書いているといえば聞こえはいいですが、理系出身の私にとっては必要な情報がどこに書いてあるのかわからなったり、未検証の仮説を前提にしたような論が展開されていたり、完全に面食らいました。(文化人類学の関係者の方、すみません。私が読んでいたのが古い論文だったせいかもしれません。)でも、文化人類学の広い視野を持とうとする方向性はいいなと思いました。

じゃあ、私はどんな文化人類学の論文を書くんだ、という話です。理系のようにわかりやすく、文化人類学のように視野は広く。でも、志だけでは論文は書けません。調査のためにインドネシアで調査許可を取得して、3か月ごとに調査レポートを関係機関に提出していました。それは本当に単純な調査結果のリストなどです。調査結果という素材はちゃんと揃えてあるけれど、どこにも論はありません。さあ、どう料理する(論を立てる)?

■ライティングの練習

いまどきは、小・中・高・大学で学術的な文章を書く訓練を受けるのでしょうか? 私はそういう教育を受けた記憶がありません。私がぼけっとしていて機会を逃しただけかもしれませんが。しかも、英語で(*)となると本格的なライティングの経験がなかったので、とりええず1冊テキストを買うことにしました。アメリカの大学で学ぶ留学生向けのアカデミック・ライティングのテキストでした。文章の構成の基本やアカデミック・ライティング向けの語彙(同じ意味の動詞でもよりフォーマルなのを使うとか——日本語でもありますよね)の説明がありました。

(*)理系では論文というと英語だったので、なんの疑いもなく英語で論文を書こうとしていました。後で知ったことですが、少なくとも私が大学院生だった頃の文系では「日本語で、単著で、本を出版する」というのが最重要視されていました。「英語で、共著で、ジャーナル論文を出版する」ことに力を注いでいた私は間抜けだったと言わざるをえません。

あとはもう実地訓練といいますか、ああでもない、こうでもないと思考錯誤で書き進めました。世の中にある論文はずいぶん参考にしました。一つのポリシーとして、なるべく一般的な表現を使うようにしました。文学作品ではないので、普通の表現を使うことで読みやすくすることを最優先にしようと考えたのです。それでも専門用語は使わざるをえないので、まったく専門知識がないと読みにくいかもしれません。

■裏話

こんなふうに書くと、前向きに論文の執筆に取り組んだようにしか聞こえませんが、実は論文を書く前には大きな抵抗感がありました。世界は論理的に存在しているわけではないのに、なぜ論理的な文章でそれを表現しなくてはならないのか?という疑問です。分野は違うけれど、いつも研究の話をしていた後の夫にこの疑問を投げかけたところ、完全に呆れられました。「研究者のくせに、そんなんも知らんかったん? 人に理解してもらうためやろ」 目から鱗でした。

このときから私は、出版するために書く学術的な文章では、英語であれ、日本語であれ、人に理解してもらうことをストイックに追求してきました。査読者や編者に誤読されたり的外れなコメントをつけられたりしても挫けず怒らず、それは私の書き方が十分にわかりやすくないからだと考えて根気よく修正し続けました。そのおかげで、研究者をしていた最後の方では作文に対する苦手意識はかなり小さくなっていました。書くのが得意な人たちのように、ささっと書くことは最後までできませんでしたけどね。

■文章のコツ

最後に、わかりやすい説明的な文章を書くコツをお伝えします。1)内容のまとまりごとに段落をつくる、2)段落間のつながりがスムーズになるようにする、3)伝える相手の知らない内容が前提になっていないか気をつける。以上です。

いつまで経っても、きつい制約だなと思うのは、文章は原則的に一本線でしか進まないことです。私は論文の構成を考えるときは、よく図を描きます。要素を表す楕円とその繋がりを表す矢印があるものです。たとえば、二つの要素が合わさって別の要素に繋がる関係を図で表すのは簡単ですが、文章にするとなるとそれぞれの要素を段落にして、段落を順番に登場させて、その関係性を言葉で説明しないといけません。どんな順番で段落を並べればわかりやすくなるのか常に難しい問題です。一番いいのは書き出す前に人に話してみることでしょう。話しているうちにわかりやすく順序立てて説明できるようになってきます。話すのも文章と同じで原則は一本線ですからね。ドラフトの段階で人に読んでもらってコメントをもらうのもよいと思います。

京都テキストラボのText Assistは文章の読み手が抱く感情を予測しますが、わかりやすい文章かどうかを判定してくれるAIがあったら便利かもしれませんね。

これまでの私のことばかり書いてきましたが、次回はとうとう研究してわかったことについて書こうと思います。