コンピューティング史見聞録(16)
文化人類学のカリキュラムMACOS

2024年6月3日

ジェローム・ブルーナーは、発達心理学の知見を生かした教育改革にも注力した。彼は、「どのような題材であれ、知的な正直さを保ったまま、どのような年代の子供にも教えることができる」というスローガンを掲げ、「その題材の本当に大事なものは何か、それを理解してもらうためにはどのようにすれば良いのか」について考えた。

 “Through These Eyes”より
詳しくは下記の「MACOSの記録」参照

■教育改革の背景

時代は、アメリカに先んじてソビエト連邦が人工衛星打ち上げに成功したという、いわゆる1957年の「スプートニクショック」後である。当時は、アメリカの教育界に「このままではソ連に先を越されたままになってしまう」という大きな危機感がのしかかっていた。もちろん科学教育が最初に対象となったが、人文系にも改革の波が及ぶようになっていた。

ブルーナーも、社会科に関連する分野、特に文化人類学の教育改革に関与することとなった。文化人類学を教えるからには、他の文化に関する断片的な知識を暗記をさせるだけではしかたがない。彼は、多彩な教材を通じて「自分が慣れ親しんでいるものだけが正しいわけではない。なぜなら、人類の生活方式や考え方は文化によって大きく異なる部分と共通する部分があるからである」というアイディアを伝えようとしたのである。いわば、子供達が、「他人の目を通じて世界を見られるように」することを文化人類学を通じて教えよう、ということである。

■MACOS

ブルーナーが提案したカリキュラムには “Man: A Course of Study” (MACOS) という名前がつけられた。北極圏に住むイヌイットなどの例を使い、彼らの家族・社会の形態や食生活を紹介する教材などがあった。例えばアザラシ狩りの場面を写したビデオがあり、そこでは道具の作り方や使い方を踏まえつつ、アザラシの血が白い雪の上に流れる場面もビデオで見せる。これは、アメリカの子供達ならびっくりしてしまうようなことでも、イヌイットの子供達にとっては日常なのだということを考えさせることにつながっていた。

MACOSは着実に支持者を増やし、1972年ごろには40万人ほどの小学生が使っていたと言われている。しかし、注目を浴びるにつれて、アメリカの保守派から「キリスト教的な世界観が唯一無二のものではないと子供に教えるなんて許すわけにはいかない」という観点から、MACOSを政治的に糾弾する活動が起こってしまった。アメリカでは公立学校でどのような教材を使うかについては学校区の保護者たちにも強い発言権がある。教育委員会の集会では保護者たちからもブルーナーが名指しで批判されるようにもなった。

このような情勢により、ブルーナー本人がアメリカにいづらくなるというような深刻な事態となってしまった。イギリスのオックスフォード大学から誘われていたこともあり、彼は一旦アメリカ国外に出てしまおうと決めた。そのときには、奥さんと2人でヨットを操縦し大西洋を渡ったという逸話も、ブルーナーがただものではないところを表しているだろう。彼は「船乗りの指」つまりとても太く力強い指を持っており、象牙の塔に籠る学究というような人柄では全くなかった。

■MACOSの記録

ドキュメンタリー “Through These Eyes” の一場面

筆者はコンピューターと教育に関する仕事をしていたこともあり、アメリカで教育に関する組織を訪問する機会が度々あった。「教育開発センター(Education Development Center: EDC)」という、プログラミング教育のカリキュラム作成もしている非営利団体を訪ねたおり、MACOSのことは知っていたものの、実はEDCこそがMACOSを実際に使えるものとするプロジェクトを行なった組織であったと知り、思わぬ偶然に感銘を受けたことがある。

MACOSに関しては、深く関わったピーター・ダウが書いた “Schoolhouse Politics: Lessons from the Sputnik Era” という本があり、アメリカの教育がいかに政治的になりがちなのか、そして一部の声の大きな保護者グループが大きな影響力を持ちうるのかがわかる一冊となっている。また、以下のドキュメンタリービデオにも当時の経緯がまとめられている [1]。

[1] https://www.nfb.ca/film/through_these_eyes

次回掲載予定は2024年7月上旬頃→7月1日に公開しました(こちら

著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。