印アダニ・グループを巡り動きが活発化

2023年3月1日

インドの新興財閥アダニ・グループを巡る動きが多様かつ複雑化してきている。米国の規制当局調査を招来する空売り手法利用で知られる投資会社ヒンデンブルグ・リサーチが、同グループはモーリシャスなどのオフショア租税回避地を不適切に利用し株価操作と不正会計を行っているとのレポートを今年1月24日に出して以降、同グループ上場企業株の時価総額は1300億ドル(約16兆9000億円)以上消滅した。
アジアで長者番付トップ(昨年9月段階)のゴータム・アダニ同グループ会長ナレンドラ・モディ首相は共に西部グジャラート州の出身。緊密な仲は半ば公然であることから、両者の関係について野党の追及も始まっている。同時に、海外から「インドの民主主義」に疑念が呈され、それに対する反発の動きも出ている。

アダニ・グループの上場企業は、資源開発や空港・道路の管理・運営、港湾・ターミナルの運営・管理と工業団地(SEZ)運営、再生可能エネルギー開発、仏トタルと合弁の天然ガス、送配電、火力発電などインフラ関連と、食料油・食品の7社。昨年、モディ首相が力を入れるインフラ投資でのセメント需要を見込み、スイスのホルシムからインドのセメント事業を105憶ドルで買収している。

アダニ・グループは、同レポートが出て以降、コミュニケ―ション・アドバイザーを雇いPR活動を強化する一方、ニューヨークの大手法律事務所ワクテル・リプトン・ローゼン・アンド・カッツを通じ、同レポート内容を否定している。
しかし、ロイター通信によると、株式指数の算出会社MSCI(モルガン・スタンレ―・キャピタル・インターナショナル)は2月9日、同グループ株式に関し「浮動株として認定すべきでない」と判断したことを明らかにした。ありていに言えば、身内企業同士の持ち合いではないかという疑念だ。
同グループの一部企業は財務状況が比較的良いグループ企業の株式を借り入れ担保としているとされるが、ブルームバーグによると、米シティグループ、クレディ・スイス・グループ、英バークレイズなど同グループに資金を貸し付けている金融機関は損失リスク抑制へ追加担保差し入れ要求、富裕層顧客に対する証券担保ローンで同グループ傘下企業の社債の担保受け入れ停止などを行っているという。日本国内でも、野村アセットマネジメント、三井住友DSアセットマネジメントなどが顧客の問い合わせ増に対応し相次いで同グループ企業の株式・債権保有状況を明らかにしている。

インドでは、野党であるコングレス党(インド国民会議派)支持者が各地で、同国最大の生命保険会社で国営企業のLICや国営銀行ステート・バンク・オブ・インディアがアダニ・グループ企業に投資してきていることに抗議するデモを行った。2月8日には国会の下院で、議会調査委員会設置を求めているインド国民会議派から、インド独立後の初代首相ジャワハルラール・ネルーのひ孫にあたるラフル・ガンディーが質問に立った。その脇が甘い質問に対し、モディ首相は正面から対峙せず軽くいなしたが、同首相を支えるBJP(インド人民党)は事の広がりに神経質になっているように見える。
BBCが1月に英国で放映したモディ首相に批判的なドキュメンタリー番組をインド国内で見られないようにし、2月14日には税務当局がBBCのニューデリーとムンバイのオフィスを家宅捜索するという挙に出た。
ポンド売りで名をはせた現在92歳のジョージ・ソロスによる「モディ政権は民主的でない」といった批判には、「インド叩き」と受け止める動きが高まっている。ソロスは1997年夏のアジア通貨危機時に、マレーシアのマハティール首相(当時)をして、「ならず者投資家」と言わしめた人物だ。
MSCIは2月16日、アダニ・グループ企業2社の浮動株認定の可否を5月に延期した。これに対し、エコノミック・タイムズ紙は20日の社説で「MSCIは責任を持ったより慎重な対処をすべき」と批判した。

ムーディーズ・インベスターズ・サービスは2月中旬、アダニ・グリーン・エナジーの格付け見通しを資金調達コストの急増を理由に「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」に変更。アダニ・ポーツ&SEZに関しても、S&Pグローバル・レーティングが資本調達コスト増と資金調達アクセス減で警告を発している。

今年に入り、人口で中国を抜き世界一なったとされるインド。アダニ・グループ企業への貸し付けで焦げ付きでも発生すると、その影響はインド国内だけでなく、世界に広がりかねない。(敬称略)

次回掲載予定は2023年4月上旬(3月27日に変更)

著者:中村悦二
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)。