この連載では、コンピューティング史に名を残した、筆者の「知り合いの知り合い」の範囲の人々を紹介しているのだが、これまでに出てきた人の大多数は、マービン・ミンスキーを通じた人々であった。今回は時間軸を逸脱して、ミンスキーの逸話について書いてみたい。
■マービン・ミンスキーとのやりとり
マービン・ミンスキーは、筆者のボスであったアラン・ケイと友人・同僚としてとても親しくしていた。筆者がディズニー社のイマジニアリング R&Dという部門で勤務するようになった西暦2000年頃には、ミンスキーはケイと一緒にディズニー社の「フェロー」を勤めていたくらいである。ケイのグループが2002年にディズニーを離れたあとは、ミンスキーの「内弟子」ダニー・ヒリスが始めたアプライド・マインズ(Applied Minds)という会社に間借りして活動していた時期があったため、そこにミンスキーが訪問してくることも度々あった。
筆者はオフィスに種々の知恵の輪を置いていたのだが、ある日釘を曲げた最も単純な知恵の輪に解が二つあることに気がついた。たまたまミンスキーが通りかかったので、「この知恵の輪には上向きと下向きの解が二つある!」と見せたのである。すると彼は「上と下みたいに、そういうものってだいたい二つだよね。なんでだろう」と返してきた。彼は、「対称性というものは二つの方向が多く三つ以上は少ない、ということに根源的な理由があるのだろうか」ということをしばしば考えていたわけである。
■OLPCとマービン・ミンスキー
その後、2005年ごろにMITメディア・ラボの関係者を中心として、One Laptop per Child(OLPC)という教育向けラップトップコンピューターのプロジェクトが立ち上がった。
筆者が当時主導的に関与していたEtoysという子ども向けプログラミング環境がOLPCに初期搭載されるアプリケーションの一つとなったので、筆者もOLPCに関与することとなった。ミンスキーは大御所としてOLPCの大きな目標を説明するための活動をしており、コンピューターと教育というテーマでのエッセイを何本か書いた。これらは、「人間がどのようにものを考えるのか、そして子供が成長するにはどのような経験をし、どのように人と触れ合うのかということと、それをコンピューターがどのように補助できるのか」という、ミンスキーのライフワークに基づいた内容であった。
これらのエッセイを含めた種々の書き物が、後に本としてまとめられることとなった。ミンスキーが書いたものと、ミンスキーと親交の深かった人が一つ一つを論評したもの、そして編集者であるシンシア・ソロモンとマーガレット・ミンスキーによる章をまとめた本“Inventive Minds”が発行されることとなった。ケイももちろん関与することとなり、ミンスキーの書いた章に評を提供することを依頼された。
■創造する心
依頼した側のソロモン(彼女自身についてもいずれ書くことになる)としては、論評部分はそれぞれがたかだか数ページ、という心づもりであったようだが、ケイはいったん頼まれると、大好きなミンスキーについて数ページで書き終わることはできなかった。そのため、25ページほどの記事を書きあげてしまった。それは単なる論評ではなく、コンピューターを使って実際に動く生物のシミュレーションを読者が自分で変更して実験できる「アクティブ・エッセイ」も含めるという構想であった。
英語版の“Inventive Minds”には、ケイによるエッセイの一部が抜粋した形で収録されたのだが、ケイは実際に読者が動かせるシミュレーションを含まれたものも作りたいと思っていた。そのため、筆者とジョン・マロニー(John Maloney)とケイとの3人でそのようなページも作成した。シミュレーション部分はジョンとイェンス・メーニヒ(Jens Mönig)と私で作成したGPというプログラミング・システムを使っている。私がその本の日本語版『創造する心』の翻訳も担当することになったので、日本側の出版社と話をして、アランのエッセイ全体の訳を出版されたものにも含めることができた。
このエッセイはニューロンの働きをどのようにモデル化するのか、そして短期記憶と長期記憶を組み合わせることにより簡単な「学習機械」が作れること、そして、アメフラシのような生物で音の刺激と触覚の刺激を同時に与えることにより、反応の強化が起こるということを、対話的に変更できるプログラミングシステムで実際に試せるものである。以下のURLを開けてぜひ試していただきたい。
https://tinlizzie.org/tinkertoy/ja.html
次回掲載予定は2023年10月上旬頃→10月2日に公開しました(こちら)
著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。