印TCSの異例の社長交代に様々な憶測

2023年3月27日

世界6位のITサービス企業、印TCSで異例の社長交代

米MBA Skool Teamまとめの世界のITサービス企業売上高ランキングでマイクロソフト(2,040億ドル)、アクセンチュア(620億ドル)、IBM(600億ドル)、オラクル(460億ドル)、SAP(320億ドル)の次に位置するのがインドのタタ財閥傘下のタタ・コンサルタンシー・サービセズ(TCS、270億ドル)。そのTCSが3月16日、R・ゴピナタン社長兼最高経営責任者(CEO)の辞任発表を行った。ゴピナタンは2017年1月からCEOを務め、5年の1期を終え2期目に入って1年が過ぎたところでの辞任。2月に中東のドーハで開いた年次戦略会議を主宰したばかりで、任期は2027年2月までだった。その辞任を巡り様々な憶測が飛び交っている。

米国の銀行破綻の影響、印IT業界にも波及か

米欧などの金融業界の業務に深く関与しているインドのITサービス企業は、世界の動きに敏感にならざるを得ない。米国の調査会社ガートナーによると、2023年の世界のITサービス業界の伸びは、前年の3.0%を上回る5.5%と見られていた。TCSからは人材面で「設計、人工知能(AI)、クラウドコンピューティングといった分野で有能な人材を得たい」とする一方、「余剰人員のレイオフも」といった人事担当者の声が紹介されていた(ヒンドスタン・タイムズ2023年2月20日付電子版)。

3月に入り米国でシリコンバレー銀行、シグネチャー銀行が相次ぎ経営破綻した。TCSなどは引当金などの面で対応を迫られていると見られようになっている(前掲紙2023年3月17日付電子版)。TCSの顧客は米欧だけでなく40か国以上に及んでいる。切れ者と評判のゴピナタンが世界の動向を見ながら組織、人事などでリストラに手を付けたとしても不思議でない。

TCSはタタ財閥の支え的存在

タタ財閥は、ササン朝ペルシャへのイスラム教勢力の浸透から逃避する形でインドの東海岸に居住を許可されたという出自を反映し、グループ企業の持株会社タタ・サンズの株式の66%はタタ・グループが設けている社会貢献組織が保有している。タタ・グループは、製塩、製鉄、自動車、ホテルなどの分野に上場企業29社を擁し、総収入額が1,280億ドル(約16兆6400億円)の複合企業グループ。従業員総数は93万5000人。TCSはタタ・サンズの利益の20%強を稼ぎ(2022年度)、従業員が61万人を超える屋台骨といえる存在だ。

TCSの育ての親はF・C・コーリ。彼は国費留学生として米マサチューセッツ工科大に学び、その後GEなどに務めたが、1951年に帰国。電力開発のタタ電力に入り系統管理にデジタル・コンピュータを導入するとともにハードウエア産業育成も提唱した。当時、電力の系統管理にデジタル・コンピュータを導入したのは米国の電力4社とタタ電力だけだったという。コーリは1968年から28年間、TCSの発展に貢献。「インドのソフトウエア産業育成の父」ともいわれている。次のS・ラーマドーライは13年間にわたりTCSのCEOを務め、TCSの現会長でタタ・サンズCEOでもあるN・チャンドラセカランは8年間、TCSのCEOだった。このようにTCSのCEOはタタ財閥にあって要職。ゴピナタン下の6年間で、売上高は100億ドル増加し、同社株の時価総額は700億ドル以上となった(フォーブス・インディアのH・アラカリ記者、3月21日電子版)。

こうした点からも早期辞任はいかにも奇異に映る。

後任は年上のクリティワサン

後任として、TCSを率いるのは、売上の30%強を担う同社最大の事業部門である銀行業務・金融サービス・保険を担当していたK・クリティワサン。クリティワサンは、52歳のゴピナタンより年上の58歳。歴代のCEOは40歳代でCEOに就任している。60歳に近い人物のCEO就任は創業来の経緯からするとこれまた異常だ。ゴピナタンは、9月15日まで在籍し後任の補佐をするという。争いごとが表に出ることを好まないタタ財閥の保守的な企業環境がなせる業かも知れないが、すっきりしないCEO交代になっている。
(敬称略)

次回掲載予定は2023年5月上旬頃(5月1日に公開しました

著者:中村悦二
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)。