ジョージ・ミラーは、第二次大戦中にハーバード大学の心理学科博士課程に進学し、戦後の1946年に博士号をとった。論文のテーマはノイズがある伝送経路で音声を伝える時に、被験者がどのくらい単語を聞き取れることができるかというものである。軍の援助を受けていた研究で具体的な応用が考えられたため、この論文は機密扱いとされていた。
研究の枠組みは「音という刺激があり、そして聞き取った結果という反応がある」ということで、行動主義心理学者たちの眉をひそめさせるようなものではなかったのだが、彼は以前から演劇部に入るなど人間の言葉による思考や感情のやりとりについて興味を持っており、心理学というからには人間の認知こそを研究するべしという将来の「認知心理学革命」の芽は早くから育っていたようである。
■情報理論との出会い
ミラーは、クロード・シャノンが1948年に発表した情報理論の論文を読んでその価値を速やかに見抜いた。
——情報理論的観点から認知を研究する
ミラーが1950年に発表した論文”The Intelligibility of Speech as a Function of the Context of the Test Materials“では、あらかじめどのような単語が使われるのかというリストを被験者に与えておく。そして、そのリストが大きくなると、まったく同じ音を聞かされた時にも聞き取りの成績が下がることを示したのである。
一見行動主義から逸脱する話ではない当たり前の話のようでもあるが、聞き手の頭の中に「外部から観測できない想定された単語のリスト」というものがあって、その想定によって成績が変わるという点が、教条的な行動主義者から「こんな論文発表したら大変なことになるぞ」と言われるような内容だとみなされた。(彼はそれでも論文を発表したわけだ。)
この論文ではシャノンの論文を引用しており、心理学と情報科学の新たな関わり方を提示した例でもあった。
——WordNet:英単語の意味をデータベース化する
ちなみに、このような初期の研究から30年後の1980年代には、ミラーはWordNetという英単語の意味データベースを作成することとなった。
このように、彼は心理学や言語学に計算工学を導入することに関して大きな貢献をした。筆者が学生だった90年代にはWordNetを使って実験をしていた仲間もおり、後からこのつながりに気がついて嬉しくなった覚えがある。
■一度に覚えられるチャンク(情報のかたまり)の数は?
1950年代にはミラーはさらに人間の認知に関して踏み込んだ研究をしていた。そこでは人間の短期的記憶の容量について調べる実験をし、人間は「かたまりになった情報(チャンク)」を「7±2(5から9)個」記憶できる、また瞬間的に画面に表示された点を数えるというテストでも、7個くらいまでなら一目で数えられるというように、7という数字があちこちに出てくるようだ、という論文”The Magical Number Seven, Plus or Minus Two“を発表した。
平たくいうと電話番号を1桁つづつ覚えると7桁くらいまでしか覚えられないが、語呂合わせや4桁の西暦と関連させるとより多くの桁を覚えられるということである。学術的には、記憶がなんらかの構造をもって保持されていることを示唆したという点もまた興味深いことであった。
この論文の内容自体は、「7±2だけ記憶できる」というような雑な議論ではなく、実験結果のグラフを描き、その変曲点がビット数に換算してどのあたりにあるかという、より緻密な議論をしている。
ただ、表題に「魔法の数字7」という大衆ウケするフレーズが入っていたために、パーティーなどでするわかりやすい話のタネになった。
その後の追試ではチャンクを幾つ覚えられるのかは実験時のストレスにもよるし、覚えるものが文字であるか数字であるかによっても変わるということで、条件を変えた追試では7というマジックナンバーがあるという結論ばかりにはならなかった。チャンクとは言ってもやはり文字数が多い単語だと「5±2」ということもあるし、場合によっては「3±2」だったりもする。アラン・ケイは「パニックになっている人だと『1±2』になる」というジョークを言っていた。
ジョージ・ミラーは、後に詳しく触れる「認知心理学革命」で大きな役割を果たした人である。そして40年代後半から、コンピューティングのパイオニアたちと密に接していた人でもある。次回からそのようなパイオニアたちについて紹介していこう。
次回掲載予定は2023年6月上旬頃→6月1日公開(こちら)
著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。