コンピューティング史見聞録(5)
マービン・ミンスキーの若かりし頃

2023年6月30日

今回はマービン・ミンスキーを取り上げる。この連載の最初の何回かで心理学者たちに言及してきたのも、人工知能の父と呼ばれるミンスキーと心理学との関わり、そしてそのころの時代背景を紹介したかったからであった。以下に登場するジョージ・ミラーB. F. スキナーについては過去の連載を参照していただきたい。

ミンスキーが出入りしていたハーバード大学のメモリアルホール
詳しくは下記の「ハーバード大学心理学科」「ミンスキーによる回想」参照

■ハーバード大学心理学科

前々回に触れたジョージ・ミラーは1946年に博士号をとった後にハーバード大学に残り、そこで助教授の職を得た。彼の指導教官はスタンリー・スティーブンスという、人間の知覚が刺激に対してなんらかの指数関数となっているということを定量的に調べたことで名をなした人である。スティーブンスは戦時中はノイズと知覚の関係に注力した研究室を主宰していた。ミラーのテーマが「ノイズと単語の理解」だったのも、その研究室の方針に沿っていたわけである。

そして、クロード・シャノンの情報理論の論文が人々の間で話題になっていた1948年に、B. F. スキナーが大凱旋という形で出身であるハーバード大学心理学部に赴任してきた。当時ハーバード大学心理学科はメモリアル・ホールという名前の美しい建物の地下にスペースを持っており、スキナーのグループも同じ地下階に新たな拠点を構えたわけである。ミラーも、そしてミラーの指導教官であったスティーブンスも同じ地下にスペースを持っていた。

ハーバード大学心理学科があったメモリアル・ホール(写真:米国議会図書館蔵)

そのころの心理学科の様子を、若かりしころのマービン・ミンスキーが目の当たりにしていたというのが面白い。マービン・ミンスキーは後に人工知能やコンピューター・システムの先駆的研究者として知られることになるが、彼はそれだけにとどまらないさまざまな研究をし、実際には「20世紀を代表するマッド・サイエンティスト」と言っても良いくらいの人である。

■ミンスキーによる回想

まずマービン・ミンスキーが1981年出版のニューヨーカー誌で語っている、1948年頃の心理学科の様子を紹介しよう[1]。

「地下階の西の端はスキナーの一派が占めており、彼らが信奉する理論は全然面白くなかったが、少なくとも動物を効率よく訓練して色々なことをさせられるのは確かだった。地下階の反対の端にいたのも同じく心理学者と名乗っている人たちだったが、やっていることは全く違っていて、聴覚刺激と知覚の関係が指数関数となっていることを示そうとしていた。いったい何の役に立つかもわからなかったが。」

とかなりドライな評価である。しかし続けて、

「真ん中には新しい世代の教授たちが陣取っていた。一人はジョージ・ミラーであり、もう一人はJ. C. R. リックライダーだった」

と言っている。ここで名前の出てきたJ. C. R. リックライダーはミッチェル・ウォルドロップが著した『ドリーム・マシーンズ(“The Dream Machines”)』の主人公的な人物であり、つまりは彼の研究者人生を追うだけでも一冊の本になるという、コンピューティングの大立者である。

ニューヨーカー誌の記事では、ミンスキーは手厳しい評価をスキナーに下しているようにも見えるが、ミンスキーはスキナーと良い友人だったと言っている。

■早熟の異能者

当時まだ学部生に過ぎなかったはずのミンスキーが心理学棟に出入りするようになったのも、ミンスキーが「只者ではない」ということを見抜いたスキナーの引き合いだったのである。ただ、スキナーの理論では人間による言語理解を説明できないことに早くから気がついていたようだ。驚くべきことに、ミンスキーは生物学科にも自分自身の研究用の部屋を持たせてもらっていた。そのような学生を受け入れた先生方も鷹揚なところがあったのだなと感心させられる。生物学科ではザリガニを解剖してその神経組織について観察し、神経に電気を流すことによってハサミで鉛筆を鋏でつまませる、というようなことに成功していたそうである。

上記の回想にあるように、ミンスキーは当初から人間がものをどのように考えるのか、ということに興味を持っていたわけである。次回にも述べるように工学的そして数学的な才能もあり、先人の成果に触れる機会を持ちつつ、独自の発想で人間の知能についての研究を進めていった。この後の連載でもなんどかミンスキーの研究について触れていくことになるだろう。

[1] “A.I.” この記事をより充実させたものが本としてまとめられており、『心をもつ機械——ミンスキーと人工知能——』という題で岩波書店から邦訳が出版されている。

次回掲載予定は2023年8月上旬頃→8月1日に公開しました(こちら

著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。