コンピューティング史見聞録(10)
ビューポインツ・ビデオ・アーカイブ

2023年12月1日

今回は少し脇道にそれ、筆者がコンピューティングの歴史に興味を持つきっかけとなったビデオ・アーカイブについて述べていきたい。アラン・ケイのグループは、筆者が通っていたオフィスに1000本以上のビデオ・テープを保持していた。これらのテープには、Xerox PARCでの研究成果や彼が数十年の間に行った講演などが記録されており、何度もあった引越しや組織替えを乗り越えてきたものであった。これはアランが記録と歴史を重視するという側面を持っていたことの証であるが、「モノを捨てられない」タイプの人であるとも言えるだろう。

アラン・ケイの講演ビデオより
詳しくは下記の「再初期のダイナブック構想に関する講演」参照

これらのテープは、ときおり、喜多千草先生のような研究者が興味を持って再生することもあったが、基本的には棚に置かれているだけであった。ただ、2012年ごろから、「これだけのテープも、時間が経つと、いずれ見られなくなってしまう」ということが気になり、いっそのこと全部筆者がデジタイズしてしまおう、と思い立ったのである。

それから数年の間、平均すると1日に1本のテープを家に持ち帰り、コンピューターにビデオ・デッキを接続してテープの内容をデジタル・データとして保存していった。テープはVHSだけではなく、U-maticやベータやMini-DVなどもあった。再生されている内容もすべて視聴したので(しばしばビールを片手にであるが)、その過程で筆者には多くの発見があった。

■再初期のダイナブック構想に関する講演

保存された映像の中には貴重なものが多くあった。たとえば、1972年という50年以上前にアランが行ったダイナブックに関する最初期講演がある。実はアラン自身も一時は永遠に失われてしまったと思っていたのだが、1990年代に日本を訪れた時、ある人から「ああ、そのテープなら保存してありますよ」と言われてコピーを入手したという曰くのあるテープである。
どこを探してもこれが見られるのは筆者のYouTubeチャンネルだけである[1]。

■コンピューター・歴史博物館とのやりとり

こんなこともあった。J. C. R. リックライダーが亡くなる数年前の1986年に、パーソナル・コンピューターやワークステーションの黎明期を形作った人々が歴史を振り返るために集まった会議“The History of Personal Workstation”が開かれた。リックライダーをはじめ登壇者の講演はすべてビデオに録画されてはいたものの、その存在は一時は忘れ去られていた。しかし、2016年ごろにシリコン・バレーにあるコンピューター歴史博物館が振り返ってスポットライトを当てるために彼らのビデオアーカイブを確認したところ、多くの講演ビデオは保存されていたものの、リックライダーとダグラス・エンゲルバートによるものが紛失していたのである。

しかし、我々のビデオ・アーカイブには全ての講演のテープが揃っており、すでに筆者がデジタイズしていたので、コンピューター歴史博物館は全てのビデオを揃えることができた。この経緯は彼らのウェブサイトでも経緯が紹介されている[2]。

The History of Personal Workstation会議の出席者

■幻のジョーク集

この会議では、アランは興味深くまたジョークがちりばめられた講演をする、ということで、夕食会時に行われた講演を担当した。しかし、会場がゼロックスの建物で、ビデオ編集の担当者がゼロックスの社員だったこともあり、ゼロックス社だけではなく他社をジョークのネタにした部分を正式な公開版のビデオにに含めることを躊躇してしまったのである。ただ、このビデオ編集者はそれらのジョークがそのまま失われてしまうのは忍びないと思ったのか、その講演のNGジョーク集を別のビデオに収めていた。こちらも世界に1本しか残っていないテープだったと思われるが、筆者のYouTubeチャネルで見ることができる[3]。

次回からはジョン・マッカーシーという人物に焦点を当てようと思う。

[1] Computer Applications: A Dynamic Medium for Creative Thought (https://youtu.be/WJzi9R_55Iw)
[2] https://computerhistory.org/blog/the-1986-acm-conference-on-the-history-of-personal-workstations/
[3] The Apocrypha of the History of the Personal Workstation (https://youtu.be/8HQqZ2iVuwo)

次回掲載予定は2024年1月上旬頃→公開しました(こちら

著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。