ジェローム・ブルーナーは、子供を主な対象とした認知に関する研究を1960年代も続けた。1964年には「子供がどのように容器に入った水の量を認識するのか」を取り扱った有名な論文“The Course of Cognitive Growth”を発表した。この論文の背景には、ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)というブルーナーの1世代前の心理学者が調査した研究があるので、まずはそちらから説明しよう。
■ピアジェの実験
まずは、ピアジェと共同研究者インヘルダーの論文を紹介しよう。
この実験では、太さや高さの違うグラスを用意し、4歳から7歳の子供の前で、ひとつのグラスから別のグラスに水を移し替えてみせる。この年齢の子供は、しばしば水位の高さのみを「視覚的」な判断材料とし、水位が高くなったり低くなったりするところだけを見て、「水の量が増えた」、あるいは「水の量が減った」と言ってしまう。ピアジェは、このような実験を通じて「子供の認知的発達は、体を動かすことによって得られた知見を使う段階、視覚的な知見を使う段階を経て、ようやく抽象的な思考ができるようになる」、つまり「段階」を経て認知的能力が成長していく、という説を唱えた。
■ブルーナーの実験
しかし、ブルーナーは共同研究者とともに、実験に少し工夫をすることで、子供の正答率が変わることを示した。ピアジェが「発達には段階がある」と唱え、水量の変化について理解できないとした年代の子供でも、条件の違いによっては「記号的」な思考を導きだし、正答率を上げることができたのである。
具体的には以下にある図のように、「水を移し替える時に、ビーカーを紙で隠して見えなくする」という単純な方法である。
これにより、視覚による判断の有用性をあえて下げることとなり、「水を移し替えただけじゃん」という思考を促すことができた、という知見である。面白いことに正答率は上がるのだが、4歳児だと、紙を取り除いでビーカーが見えるようにした途端に「なんだ、やっぱり増えていたよ!」と答えを変える子供が多くいたということで、このことは視覚的思考と記号的思考の存在と優劣関係に関する知見を補強していると言えるだろう。
ブルーナーはのちに発達心理学を通じて教育の分野にも大きな貢献をしたが、上記のような経験をもとに、有名な「どのような年代の子供にも、知的な正直さを保ったままでどのようなトピックも教えることができる」という「スローガン」を掲げ、実際に文化人類学に関するカリキュラムを作成したりもした。このことが、巡り巡って彼がヨットで大西洋横断をする遠因ともなる。
■コンピューティングとの関わり
現代のグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)は、子供が使えるようなコンピューターを考えていたアラン・ケイの仕事に基づいている。アランは1968年ごろからマービン・ミンスキーや、シーモア・パパート、シンシア・ソロモンなどの仕事を通じてピアジェを知ることとなり、その関連からブルーナーの研究について深く掘り下げることとなった。視覚的思考、記号的思考(そして身体的思考)の関係が、子供でも大人でも使えるコンピューター・インターフェイスのデザインに大きく寄与したのである。ブルーナーとアラン・ケイは個人的にも親しい関係を築くこととなる。
ブルーナーが書いた著名な本に“Toward a Theory of Instruction”という本がある。この本は、上で述べたような実験を通じて、どのような理論に基づいて教育を行えば良いのかについて述べた本であり、こちらも多くの関係者に影響を与えたものである。この本の表紙が原色ではっきりとした図案となっているのだが、筆者の子供がまだ月齢数ヶ月という時に、この表紙に非常に興味を持っていたことがある。私はブルーナーにその写真を送って、「この表紙は乳児でも興味を持つようにデザインされているのか?」というようなことを書いたことがある。彼からは丁寧な返事があったことも良い思い出である。
次回掲載予定は2024年6月上旬頃→6月3日に公開しました(こちら)
著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。